【体験談】認知症の母が介護認定を受けたきっかけ|仕事を辞めて始まった“新しい生活”

母とは、認知症がわかる前から「仕事を辞めたら、週1でデイサービスに行ったらいいよ」と話をしていた。昔から足が悪く、そちらで介護認定が取れると思っていたからだ。

なので、仕事を辞めたのをきっかけに、以前から話していた介護認定の申請をすることにした。
仕事を辞めた時には、母が認知症であることは分かっていたが、介護認定を受けるのは「介護のため」ではなく、「外に出て、人と関わるためのデイサービス」という気持ちのほうが強かった。

今回は、母が介護認定を受けるまでの流れと、そのとき私が感じたこと。
そして、認知症とともに“自分らしく暮らすための第一歩”について書いてみます。

仕事を辞めた母と「デイサービスに通う」までの経緯

母とは、仕事を辞めたら「デイサービスに行こう」と以前から話していた。母はおうち大好きっ子で、辞めると一人家でゴソゴソして引き篭もるだろうと思っていたからだ。

実は、デイサービスは父が生前利用していたので、「外に出て人と関わるきっかけになる」という前向きなイメージを持っていた。
父は入浴が目的で利用したのだが、行く前こそ「幼稚園児じゃないんだからお遊戯なんてできない」と拒否感を出していたが、行き出すと他の利用者さんや職員さんとの触れ合いでにこやかになり、行くことを楽しみにするようになっていた。
その変化を私と母は見ていたのだ。

そして、デイサービスを利用するには介護認定の申請が必要である。
最初は足の不調を理由に考えていたのだが、実際に申請する時にはすでに認知症と診断され定期的に通院していたため、足の状態と認知症の影響の両方を理由に申請をした
母が仕事を辞めたのは12月30日と年末だったので、私の休みの都合もあり年明けすぐに申請へと動いた。

「介護を始める」ではなく、「母と私の新しい生活を整える第一歩」。
認知症と向き合うためというより、“母らしさを保ちながら生きるため”の準備でした。

地域包括支援センターへ相談|認知症初期集中支援チームとの出会い

認知症サポータの講座や市役所勤務の友人、以前の仕事柄などにより、地域包括センターへ行けばいい事はわかっていた。

私の住んでいる市には、「◯◯市認知症初期集中支援チーム」によるサポートがあると、認知症サポータの講座で教えてもらっていた。

「◯◯市認知症初期集中支援チーム」とは、40歳以上の自宅で生活している認知症または認知症が疑われる人やその家族等の相談を受け、相談内容に応じ家庭訪問で自宅での自立生活をサポートしてくれるチームだ。

まずはここに相談をして、必要な支援に繋げてもらおうと考えた。65歳位以上は地域包括センターが相談窓口だ。

が、自分が該当するエリアと近所にある地域包括センターの担当エリアが異なっているため、確認を含めて市役所に相談した。できれば近くの地域包括センターに行きたかったので。。。結果、ダメでしたけど。

市役所で窓口を教えてもらい、該当エリアの地域包括センターへと向かった。
職員の方に状況を説明し、デイサービスを利用したい旨を伝えた。職員の方は丁寧に説明をしてくれ、手続きを進めてくれた。
後日、聞き取り調査のためにために地域包括センターから調査員が自宅に来ることになった。
そして、認定日は、申し込みをしたその日だということだった。

今振り返ってみると、認知症サポートの講座を受けていてよかったと思う。
受講時間は2時間ほどで深い専門的な内容ではないものの、認知症の症状や対処の仕方、行政等の支援の種類、連絡先を詳しく教えてもらっていた。
講座を受けた時は、内心「簡単な事は知っているよ」と思いながら聞いていたのだが、それは本で見た知識程度で、実際に動かないといけない時に思い出したのは、認知症サポータで教えてもらった支援についてだった。

介護認定の申請から結果が出るまでの流れ

申請をしてから2週間ほどして、自宅に調査員の方が来て、家の状況と簡単な聞き取り調査がおこなわれた。
家の状況というのは、特に水回り「トイレ」「お風呂場」の状況を確認された。聞き取り調査は、本人(母)と家族(私)と同席で行われた。一人で買い物ができるか、お風呂に入れるかなどであった。
この時、母はまだなんとか一人で買い物に行けていたし、出歩くこともできた。受け答えもちゃんとできていた。

そして、認定がおりるまでの間に、総合病院の専門でMRI検査と詳しいテストを受けることになった。
これは介護認定を受けるためというより、コロナ禍も落ち着いてきたし、ろそろきちんと見てもらった方がいいのではないのかという、かかりつけ医の判断である。申請がきっかけになったとは思うのだが。
詳しいことはまた後日記載する。

「要支援1」と言われた時の気持ち

面談から数週間後、介護認定の結果が届いた。
母は「要支援1」の判定であった。

要支援でも認定が取れてよかった。これで「デイサービスが使える」とホッとした記憶がある。

現在、認定が降りにくいと聞いており、母はまだ身の回りのことは自分でできていたため、認知症ではある介護認定されるかどうか密かに心配をしていた。支援でも万々歳である。

母にとっても、要支援1は“介護”ではなく“外に出るための支援”というのがわかりやすく、抵抗なく受け入れられたようだった。

「支援は“自立を支えるため”のもの」、本当にそうなんだと納得した。

デイサービス選びと通い始めて見えた母の変化

順序が若干不確かなのだが、介護認定がおりてから地域包括支援センターの職員の方が来られて、利用しやすいデイサービスの施設をいろいろ教えてくれた。気になるところにアポイントを取って見学に行けばいいと教えてもらったのだが、「施設が多くてわからん」と当時の手帳にメモしてあった。

その時に、指名するケアマネージャーさんや事業所がないのであれば、紹介すると言われたのでお願いした。
ただし、要支援の場合、利用者は地域包括センターとの契約になり、地域包括センターからケアマネージャーさんを派遣してもらう形になるのだ。
直接、ケアマネージャーさん(事業所)と契約するのではない。やり取りはケアマネージャーさんとだが、契約上は地域包括センターと契約していることになる。ややこし。

デイサービスは、教えてもらった施設の中で、自宅か私の職場から近いところ、母の希望で手芸ができるところ、家庭菜園とかあればいいなという項目で探した。

2箇所見学に行き、母の「ここなら行ってみたい」という言葉が決め手で、写真で見るよりこじんまりとしているが、少人数の明るい雰囲気の施設にした。

決めたことを地域包括センターの担当の方に連絡すると、後日地域包括センターの担当と一緒に担当のケアマネージャーさんと事業所の責任者の方が来られた。そして、正式に契約をする前に施設の体験をしてみる方がいいと教えてもらった。

そういうこともできるのかとお願いし、体験後その施設に決めた。

決めてから、施設の責任者の方、スタッフの方、地域包括センターの方、ケアマネージャーさんと面談を自宅で行い、利用計画プランを作成してもらって通うこととなった。

介護認定の申請を1月13日に行ない、デイサービスに正式に契約をして行ったのが4月17日と4ヶ月かかった。
仕事をしながらなので、見学は土日を利用し、面談は半日有休を使ってなので、それなりに時間はかかったと思う。
自治体によって異なると思うが、目安になれば幸いです。

そうそう、その時の母だが、人見知りするので最初は緊張気味でだったが、数回通ううちに「今日は○○したよ。」とか「よく話したよ」と笑顔が増えていった。

また、ケアマネージャーさんともよく話をしていたみたいだった。
この頃は、月1回の面談に私は同席せず、母一人で行っており「雑談が多いけど、楽しいの。」と嬉しそうに教えてくれていたのを覚えている。
ケアマネージャーさんも、「◯◯さん(母)と話していると楽しいから、時間がすぐ経っちゃう」と言いいながら対応してくれていた。

まとめ|介護認定で感じた“支え合い”の大切さ

介護認定を受けたことで、制度の支援だけでなく、気持ちの余裕ができたように思う。
母も、“デイサービスに行く”=“介護される”ではないと思い、楽しく前向きに通えたと思う。

私自身、支援や制度という固い書面的なものだけでなく、ケアマネージャーさん、施設のスタッフさんと支えてくれる専門の人がたくさんいることがわかり、頼ってもいいんだと思えたことが、ものすごく良い収穫でした。

一人介護をしていると、「頼る」ことが悪いように思えてしまう瞬間があります。
でも、制度や専門職の力を借りることこそ、介護を続けるための“支え”になるのだと痛感しました。

そうではなく制度を上手に活用して、専門の人に必要なことを「頼る」事が仕事をしつつ生活をしつつ介護をするのに大切なことなんだと心底思います。

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